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攻撃的日記

いい大人になりつつあるので、あせらずにいい加減大人になろうと思います。

別れは、突然に。功労者が突然去る日。

別れは、突然だ。

まさか、この選手が戦力外通告を受けるとは思っていなかった。

headlines.yahoo.co.jp

 

球団創設期の2005年から知る、最後の一人、牧田明久。

その彼もとうとう楽天を静かに去るときが来た。

 

まず彼の印象としては、強肩である。

よくたとえられていたのが、阪神時代の新庄だ。

その新庄とたとえられるぐらいの強肩であるので、

レーザービームを何回も見て何度も感動した。

 

牧田明久選手とは?

  • 2006年日本ハム戦で、牧田が二塁打を打った際、二塁に立った牧田がセンター方向を見ると新庄が手を振ってくれたという。また、新庄に憧れているという話が本人に伝わり、新庄からバットをもらえたと喜んでいた[13]
  • プロ入り時の背番号の「63」は自身の誕生日の6月3日にも因むと共に、新庄が阪神入団当時につけていた背番号でもあり、「昔からあこがれていた新庄さんの最初の背番号と同じ番号なので、もう変えられないです」と週刊ベースボールのインタビューで発言している。2011年のシーズンオフに背番号が「5」に変わることが発表された際にも、新庄が阪神時代につけていたことを踏まえて「新しい番号は嬉しい」とコメントしている[10]

2006年11月27日に11歳年上の会社員の女性と入籍。その後、2007年4月11日に第一子となる女児が誕生、2009年12月9日には第二子となる女児が誕生した[14]

 

 

 

wikipediaの2012年から2015年までの記事。

2012年
シーズン開始前から中軸として期待され、開幕戦は3番でスタメン出場。その後もクリーンアップとして起用されるが、交流戦辺りから打撃不振と怪我によってレギュラーの座を外され、以降準レギュラーとして下位打線を打つようになる。前半戦はサッパリだったものの後半戦になるとやや持ち直し、9月19日の対ロッテ戦(東京ドーム)では自身初の満塁本塁打[3]を含む2本塁打7打点の活躍で、2008年にホセ・フェルナンデスが記録した1試合の打点の球団記録に並んだ[4]。規定打席にはわずかに届かなかったものの、共にチームトップの9本塁打と53打点を記録した。一方で打率は.225という低さで、レギュラーを奪い返すまでには至らなかった。守備ではリーグ2位の補殺数と守備率10割を記録した。
2013年
3月30日の対ソフトバンク戦(福岡 ヤフオク!ドーム)で決勝の本塁打を放つ[5]など、5番打者として活躍していた。しかし、4月21日の対ロッテ戦で、打席でのスイング中に左手首を負傷。同月24日に「左橈側手根伸筋腱部分断裂で全治3~4週間」と診断されたことから、戦線を離脱した[6]。7月30日の一軍復帰後は、クリーンアップが銀次(3番)、アンドリュー・ジョーンズ(4番)、ケーシー・マギー(5番)でほぼ固定されていたことなどから、主に左投手が登板する試合でスタメンや代打に起用。読売ジャイアンツとの日本シリーズでは、11月3日のシリーズ第7戦(クリネックススタジアム宮城)で、巨人の先発が左腕投手の杉内俊哉だったことから、「9番・中堅手」でスタメンに出場。楽天の2点リードで迎えた4回裏の第2打席では、2番手で登板した右投手の澤村拓一からソロ本塁打を放った[7]。チームはこの試合で球団初の日本一となったが、シーズン終了後の12月に「自分は年間を通じて活躍していない」という理由で優勝記念旅行への参加を辞退した[8]
2014年
6月3日の対阪神タイガース戦(楽天Koboスタジアム宮城)では1点差で迎えた9回裏の第4打席で呉昇桓からサヨナラ打2点適時三塁打を放っている[8]
2015年
自己最高の打率.311を記録した。また、この年で小山伸一郎が引退し、初年度から楽天に所属する選手は牧田が最後の1人となった。
11月29日に、背番号5を茂木栄五郎に譲ったことから、来季の背番号が25に変更されることが発表された[9]

 

 

最初は今はなき、近鉄にいたがプロ野球選手として初出場したのは、楽天。

楽天でキャリアがスタートしたといっても過言ではないだろう。

 

 

 

意外性のある打撃

www.youtube.com

 

そして打撃では、2年前のシーズンの交流戦。

自身の誕生日であった阪神戦で、0-3から最後は、4×-3に持っていく、

サヨナラタイムリーを打つなどそういった活躍をしていた。

 

その中で印象的なのは、やはり球団初の日本一になった2013年の日本シリーズ第7戦のホームラン。

 

巨人沢村から放った打球は、一直線にレフトスタンドに運んだのは、

楽天ファンにとって忘れられない光景だろう。

 

 

今後について

今後についてはまだ未定の模様。

ただその中で、私自身としては、球団に残ってほしいと思っています。

それだけ球団に貢献した人間でもあるので、ぜひとも残って未来の牧田明久選手を残してほしいと思います。

 

 

 

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